将来個人用戦闘装備 その1
■将来個人用戦闘装備とは何か?2010年の秋に開催された「防衛技術シンポジウム」に登場して、球体飛行物体とともに話題をさらった「自衛隊ガンダム」を覚えておられるだろうか。「ガンダム」という呼称の是非はともかく、日本で研究を進めている将来個人用戦闘装備が公開の場に姿を現したという点で、エポックメーキングな出来事だったといえる。
もちろん、日本だけでなく諸外国においても、こうした将来個人用戦闘装備の研究・開発・調達・配備が進められているのだが、さて、いったいどこが「将来」なのだろうか。
■他の分野と比べて遅れていた歩兵の情報化「ハイテク兵器」という言葉が喧伝されるようになって四半世紀ほど経つが、「ハイテク兵器 = ステルス・プラットフォーム」あるいは「ハイテク兵器 = 精密誘導兵器」という意味に受け取ってしまうと、解釈が狭い。むしろ、昨今のウェポン・システムにおける重要なポイントは「ネットワーク化・情報化」である。
つまり、利用がどんどん拡大しているUAV(無人機)を初めとする各種の情報源から入ってくるデータを、できるだけリアルタイムに近いスピードで収集・分析・配信して有効に活用することで、敵に対して情報面の優越を実現して、戦闘を有利に進めようというものである。
たとえば、対峙している敵軍の状況をUAVで偵察して、装備・戦力・配置について把握することができれば、その敵軍の裏をかく作戦を立案・実行できる可能性につながる。もちろん、それを実行できるだけの資産が手元にあるということが前提だが、五里霧中の状態で敵と遭遇してアドリブ的に対処するよりも、事前に情報を得ている方が有利であり、主導権を握りやすいのは確かだ。
この「ネットワーク化・情報化」を実現するには、通信手段と、情報を処理・表示するための機器が必要になる。考え方は、手持ちのパソコンを単独で使用するのではなく、インターネットに接続して情報のやり取りを可能にするのと似ている。
昔と比べるとデータ通信の速度が向上して、さらにコンピュータの小型・高性能化が進んでいるとはいうものの、やはりそれなりの重量とスペースを必要とするし、電源供給という問題もある。そのため、航空機・艦艇・車両といった分野では以前から「ネットワーク化・情報化」が進んでいたが、それと比べると歩兵の分野は立ち遅れていた。
これには、歩兵は数が多いことから低コスト化という課題が加わる事情や、持ち歩ける装備のサイズ・重量に関する制約が大きい(もともと歩兵が持ち歩く装備は増える一方なのだ!)事情も影響している。
いくら彼我の最新状況をリアルタイムで入手できる環境が整っても、それを活用できなければ意味がないし、そうした中で歩兵だけが取り残されているのは好ましくない。むしろ、最前線で敵と近接して撃ち合う機会が多い歩兵にこそ、情報面の優越というメリットをもたらす必要がある。そこで登場するのが、将来個人用戦闘装備というわけだ。
■将来個人用戦闘装備の定義では、将来個人用戦闘装備と呼ばれる装備は何が違うのか。主なポイントは、「情報化・ネットワーク化」への対応と、「射撃能力の向上」である。
「情報化・ネットワーク化」への対応とは、通信機と携帯式コンピュータの組み合わせによって、最新の情報を迅速に入手できる環境を整備することである。もともと、通信機とコンピュータを別々に装備する形を取っていたが、両方の機能を一体化しただけでなく低コストで入手できる、スマートフォンを活用する動きもある。これについては後述する。
また、情報を表示する際にいちいち頭を下げて手元の地端末機を見なければならないのでは問題があるため、ヘルメットにディスプレイを装備して、目の前の状況と敵情に関する情報を重畳表示できるようにすると、状況認識能力が向上すると考えられる。さらに、後述する赤外線センサーなどの映像も併せて表示することで、夜間の行動能力が向上すると期待できる。
「射撃能力の向上」とは、航空機や戦車などで行われているのと同様に、昼夜・天候を問わずに利用可能なセンサーとレーザーなどを組み合わせた測距・照準デバイスの組み合わせによって、いつでも精確な射撃を行えるようにすることである。赤外線暗視装置を組み合わせることで、夜間でも敵の存在を知る手段が得られる。さらに、精確な測距・照準を行うことでハズレ弾を減らして、確実に敵を撃ち倒せるようにする。
このほか、兵士の身体を防護する手段にも対象を拡大している場合があり、そうなるとボディ・アーマーやNBC(Nuclear, Biological, and Chemical)防護装備まで将来個人用戦闘装備に取り込むことになる。
■将来個人用戦闘装備の例 - FELIN
複数の国で、こうした将来個人用戦闘装備の研究・開発・配備が進められている。まずは国別の計画名称一覧を示そう。
・米陸軍 : ランド・ウォーリア → ネット・ウォーリア
・英陸軍 : FIST(Future Integrated Soldier Technology)
・仏陸軍 : FELIN(Fantassins à Equipements et Liaisons INtégrés)
・西陸軍 : ComFut(Combatiente del Futuro)
・独陸軍 : IdZ(Infanterist der Zukunft)
・シンガポール陸軍 : ACMS(Advanced Combat Man System)
・印陸軍 : F-INSAS(Futuristic Infantry Soldier-As-A-System)
・スイス陸軍 : IMESS(Integriertes Modulares Einsatzsystem Schweizer Soldat)
当然ながら、国によって投入可能な技術や資金に違いがあり、開発に際しての考え方も異なることから、進捗状況は異なる。
米陸軍ではランド・ウォーリア計画を立ち上げたものの、後になって計画内容を見直して、ネット・ウォーリアと名称変更した。(米軍ではよくあることで)最初に大風呂敷を広げすぎて壮大な構想を立ててしまい、後になって現実的な路線に軌道修正した事情が影響している。そうした事情もあり、まだ実戦配備するには至っておらず、評価試験の段階である。ただし、陸軍全体としてみると米陸軍の情報化・ネットワーク化は相当な規模とスピードで進捗していることを付言しておく。
一方、あまりスペックを欲張らずに迅速な開発・配備を企図しているのが、仏陸軍のFELINである。そこで今回は、このFELINを例にとって、将来個人用戦闘装備として具体的にどういったデバイスが用いられているのか、解説していくことにしよう。
FELINはサジェム社(Sagem Défense Sécurité)を主契約社として開発と配備を進めており、配備は2010年からスタートした。そして、現場の部隊による評価試験を実施したほか、高温地域での運用試験をジブチで、ジャングルでの運用試験をギアナで、山岳地帯での運用試験をアルプスで実施、それに加えて市街地での利用を想定した試験も実施した。
実戦部隊で最初にFELINの配備を受けたのは第1歩兵聯隊で、2010年10月のこと。その後も順次、配備部隊を拡大している。2010年2011年末からアフガニスタン派遣部隊での運用を始めているので、すでに実戦の洗礼も受けていることになる。総額10億ユーロ(12億2,000万ドル)の大計画で、現時点で22,600セットを発注済みだ。そして、年間 4 個聯隊ずつのペースで配備を進めるとしている。
■FELINを構成する機器・装備いろいろFELINでは、FAMAS自動小銃に新型サイトを組み合わせている。これは赤外線センサーと光増式暗視装置の組み合わせで、昼間の有効射程を70%増しの500mに、夜間の有効射程を160%増しの400mに延伸できる、と説明されている。また、小銃を手に持ったままでコンピュータを操作できるようにするためのコントローラも追加している。
仏陸軍では、全体をカバーする情報システムとしてSIT(Système d'Information Tactique)、その下で聯隊レベルをカバーする情報システムとしてSIR(Système d'Information Régimentaire, EADS製)の配備を進めている。そして、FELINを装備する歩兵部隊では分隊ごとに、分隊長にSIT COMDE(Système d'Information Terminal du COMbattant Débarqué / Offboard Soldier Terminal Information System)なる端末機を持たせるが、これがSIT/SIRと連接して、戦術情報を受け取ったり、あるいは送信したりする機能を受け持つ仕組みだ。
SIT COMDEにはタッチスクリーン式のディスプレイがあり、いちいちキーボードで入力しなくても操作できるようになっている。そこで、地図、メッセージ送受信、敵軍と友軍の位置情報表示、といった機能を実現する。センサーから送られてきた静止画・動画などの情報を表示することもできる。
その分隊長以下の個人についても、それぞれ携帯式の端末機を持ち、それが無線通信網RIF(Réseau d'Information du Fantassin)を使ってネットワークにつながっている。また、GPS(Global Positioning System)の受信機も携帯するようになっており、それによって把握した位置情報をネットワークにアップロードする。それにより、指揮官は部下がどこにいるのかを地図画面上で把握できるわけだ。
コミュニケーションをとるための手段としては、ヘルメットに取り付けたヘッドセットによる音声通話に加えて、端末機を利用するメッセージ送受信機脳を利用できる。声を立てたくない場面でも、メッセージ送受信機脳を使えば連絡を取れるわけで、特に歩兵にとっては重要な機能といえそうだ。
このほか、FELINでは戦闘服やボディ・アーマーといった分野も対象にしている。たとえば、FELIN用の戦闘服は特製の迷彩パターンを持つだけでなく、赤外線放射を抑制する機能を持たせている。兵士が敵の赤外線センサーに見つかる事態を抑制しようという狙いだ。肘や膝に取り付ける保護パッド、防禦力強化のためのパッドやプレート、人間工学に配慮したヘルメット、レーザー対策機能を盛り込んだゴーグル、保護用バイザー、NBC(Nuclear, Bacteriological, Chemical)防護装備といったものも用意している。
こうした各種の装備によって、昼間・夜間・乗車・降車といった各種の状況、あるいは空挺・市街戦・砂漠戦・山岳戦など各種の任務様態に対応できる、との触れ込みである。
なお、FELINは歩兵用の装備だが、車両については別途、SITEL(Système d’Information Terminal Elémentaire)という車載式戦術情報システムの開発・配備を進めている。余談だが、SITの端末として使用するコンピュータの中身はWindowsが動作するパソコンである。これに限らず、WindowsもLinuxもさまざまな軍用コンピュータで使われている。
TEXT : 井上 孝司
将来個人用戦闘装備 その2に続く
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