アンゴラで反政府勢力を率いた指導者の遺族らが Activision を提訴
アフリカ南西部のアンゴラで、かつて反政府武装勢力を率いた指導者の遺族らが、人気ゲームソフト「コール オブ デューティ ブラックオプス 2 (Call of Duty: Black Ops II) 」のパブリッシャーであるアクティビジョン・ブリザード (Activision Blizzard) のフランス法人を相手に名誉棄損などを訴えた。
訴えを起こしたのは、反政府武装勢力「アンゴラ全面独立民族同盟 (UNITA: União Nacional para a Independência Total de Angola) 」の創始者で指導者の故・ジョナス・サヴィンビ (Jonas Savimbi) 氏の 3 名の子息。
ゲーム中でザビンビ氏は、武器を振り回して反乱軍を率い、「 (敵対する) アンゴラ解放人民運動 (MPLA: Movimento Popular de Libertação de Angola) に死を!!」と叫ぶ姿が描かれている。
遺族側の顧問弁護士は、「UNITA の指導者は喜んで殺戮をする大マヌケな野蛮人として描かれている。政治的な指導者で戦略家であった故人を適切に描写しているとは言えない」として批判。フランスではたとえ故人であったとしても、名誉棄損に関する厳格な法律が設けられていることから、遺族側は 100 万ユーロ (=約 1 億 2,700 万円) の慰謝料を求めている。
一方のアクティビジョン社側は顧問弁護士を通じて、「サビンビ氏は善人 (good guy) として描かれている」「MPLA との戦いを率いた指導者、またアンゴラの歴史の特性を公正に反映している」とし、真っ向から遺族側の主張を否定している。
なお、CoD ブラックオプス 2 が法的手段に訴えられたのはこれが初めてのケースでは無い。2014 年にはパナマで軍事独裁政権を率いたマヌエル・ノリエガ (Manuel Noriega) 将軍が、ゲームの中で自分を模したキャラクターを勝手に使われ (肖像権侵害)、誘拐や殺人などの悪事に手を染めた「凶悪犯」として描かれたと主張。しかし、ロサンゼルス郡地裁はその判決の中で、ノリエガ氏の主張を退けている。
ノリエガ氏の訴えが棄却されたことを受けて、Activision Blizzard の弁護を務めた元ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ (Rudy Giuliani) 氏は、当時「言論の自由の勝利だ」として賞賛を送っている。
■アンゴラ内戦 (ポルトガル植民地と冷戦、MPLA と UNITA の争い)
15 世紀半ばから始まった「大航海時代」に、イベリア半島のスペイン、ポルトガルを筆頭に欧州の各国が、植民地拡大、奴隷貿易、略奪の為、アフリカを中心とした途上国へ次々と侵略。
1951 年にポルトガルの海外州となったアンゴラでは、同時に民族運動が台頭している。1975 年 11 月 11 日、MPLA が「アンゴラ人民共和国」の独立を宣言するも、国内情勢は安定せず、南部ではサビンビ氏率いる UNITA が反政府活動を強めた。
当時、冷戦下の中で、マルクス・レーニン主義を掲げていたアンゴラ政府を米国が敵視。隣国ナミビアの軍事基地からアンゴラに直接侵攻を繰り返していた南アフリカと共に、UNITA は支援を受けることになる。一方のアンゴラ政府側は、キューバが兵を派遣し支援していた。
1991 年 5 月、MPLA と UNITA は「アンゴラ包括和平協定 (ビセッセ合意 or ビセス合意) 」を締結。国連監視下で大統領選・議会選がおこなわれ、MPLA のドス・サントス氏が大統領選で得票数 1 位を獲得。議会選挙でも最多議席を確保した。しかし、UNITA は「選挙に不正があった」として選挙の無効を訴え孤立。UNITA と MPLA による戦闘がはじまり、アンゴラは再び内戦に突入した。
しかし、UNITA が戦闘における正当性を欠如する中で、1993 年 5 月に米政府が正式にアンゴラ政府を承認。米下院でそれまでの方針を転換し、UNITA に対する非難決議を出している。1994 年、国連が仲介する中で選挙後初となる和平 (ルサカ合意) が結ばれたが、停戦が反故にされ事実上の破談。1998 年に内戦が再燃した。 (コンゴ第 2 次内戦の広域化。アンゴラ、ナミビア、ジンバブウェの参戦)
2002 年 2 月 22 日、長期に渡り UNITA を率いて来たサビンビ氏が交戦中に死亡。和平機運が高まり、内戦に終止符が打たれた。
1995 年から 2002 年までの間に、この内戦によって少なくとも 50 万人が犠牲となり、400 万人以上が住む場所を失ったとされる。
その後、アンゴラは産油国として成長を遂げ、南部アフリカの中で政治的に最も安定した国の 1 つになりつつある。
News Week via AFP 2016/01/14
在アンゴラ日本大使館
和平, そして内戦の再発 忘れられたアンゴラ内戦 青木一能 / JETRO
南部アフリカ:紛争関連年表(概略)/ IDE-JETRO 2001/03/06
アンゴラ共和国 (Republic of Angola) 基礎データ / 外務省
タグ :アンゴラUNITAジョナス・サヴィンビジョナス・ザビンビJonas SavimbiCall of Duty Black Ops IIMPLAアンゴラ全面独立民族同盟アンゴラ解放人民運動ポルトガル
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