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「魔法の狙撃システム」TrackingPoint 社はなぜ活動を停止したのか

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「魔法の狙撃システム」TrackingPoint 社はなぜ活動を停止したのか
Photo: TrackingPoint
「まったく訓練を受けなくても超長距離射撃が可能になる」2011年、ある狙撃システムがネットを騒がせた。アメリカ・テキサス州のTrackingPoint社が公開した同名のシステムは、射撃において最も重要なトリガーコントロールを電子式照準器が補助するものだった。

人間は標的を選び、銃口を向けてスイッチを押すだけで精密射撃をすることができる。こちらの動画では12歳の女の子がTrackingPointを使用して1000ヤード(900メートル)の狙撃を成功させている。
新聞や軍事系メディアはその火力を、そしてIT系・技術系のメディアは「Linux搭載ライフル」としてこぞって取り上げ、TrackingPoint社は一躍その名をあげた。しかし2015年5月、順風満帆と思われていた同社はWebサイトに「財政的困難のため」と掲載し、新規受注を停止した。

この転落の裏には何があったのだろうか。元従業員達の証言からは、混乱の歴史が浮かび上がってくる。

まず第1に、そして致命的であったのがシステムの不調を解消できなかったことだ。TrackingPointにはBRS(銃身基準システム)と呼ばれるゼロ保持装置が搭載されていた。

「魔法の狙撃システム」TrackingPoint 社はなぜ活動を停止したのか
Photo: TrackingPoint
長距離射撃においては照準器と銃身の僅かなズレが大きな問題となるが、BRSはレーザーを用いてそのズレを逐次測定・補正する。これによっていつまでも工場出荷状態のゼロインを保つ「生涯セロイン保証(lifetime zero)」を謳っていた。しかしハード・ソフトいずれの問題かは不明であるがBRSは極めて不安定で、デモにはともかく一般ユーザーの使用に耐えるものではなかったという。

TrackingPoint社オーナーのジョン・マケールは起業と売却を繰り返して富を得ていた。95年・ネットワークインフラ構築のNetWorth社をコンパックに3億7千200万ドルで売却、その後98年にNetSpeed社をシスコ・システムス社に2億3千600万ドルで、2004年にセキュリティ系のTippingPoint Technologies社を3COM社に4億3千万ドルで、2013年にBreakingPoint Systems社を1億6千万ドルで売却している。IT系の経営者としては立派な経歴であり、次に目をつけたのが、IT化のあまり進んでいなかった銃器産業であったのはうなずける判断だ。

しかし前述のように、開発は難航した。ゴールの見えない超過勤務に耐えかね、エンジニア達は次々と去っていった。1日12時間・週7日の労働は当たり前、26時間ぶっ通しで働いたこともあるというエンジニアも存在する。

またマケールはTrackingPointのニーズについて「ハンティング向け」としていたがこの市場の設定にも問題があった。TrackingPointは当初のモデルで200万円程度、その後の後継モデルでも約80万円と非常に高額で、これを購入できる資力をもつハンターは限られている。しかしそのようなユーザーは射撃のスリルを削ぐ「自動ライフル」には目もくれなかったのだ。

開発・経営戦略の失敗にはマケールの気質もある。彼は非常にワンマンな上、会社をすべてコントロールしようとしており、他の経営陣と衝突を繰り返していた。

老舗・レミントン社に勤めていた元海兵隊員のジェイソン・ショーブルもそうした経営陣の1人である。TrackingPointは彼を通じてレミントンと協力し、そして既存の銃器業界との繋がりを持とうとしていたようだ。

しかしレミントン・M700にTrackingPointを搭載したコラボモデル「Remington2020」はTrackingPointの動作が安定せず、半年で廃番となった。TrackingPoint100台中40台に不良が出たという噂もある。

ショーブルは会社でただ1人、マケールに「ノー」を言える立場にあった。エンジニア達からの信頼も厚かった。しかしマケールはショーブルを追い出し、その後も何回か経営陣を入れ替えている。

これら非常に大きな問題を抱えながら、TrackingPoint社は表面上は好調な企業であった。2013年には1千万ドルを売上げ新社屋と広大な試験場を300万ドルで建造、2014年にはこれを倍増すると発表した。この年、新たに24の出資者から2千920万ドル、累計6千400万ドルの出資を得ている。
その裏では経営陣の交代とリストラを繰り返し、2014年には100人以上いた従業員は半分以下となった。最後には知的所有権を整理するだけの社員を残し、2015年5月、新規受注を停止した。TrackingPointは煽りに煽った期待に応えることができずに自滅したのである。

しかしTrackingPointが提示したコンセプト自体に問題があるわけではないことは、その後、類似したコンセプトの機器が他の組織から出てきたことが証明している。

先日、DARPAが公開した電子式照準器CWO(Computational Weapon Optic)は、TrackingPointと同様、複雑な計算をせずとも容易にゼロインや偏差の修正が行える。

また指揮者や射手どうしのネットワーク能力が強化され、相手の視界を共有したり、タブレット上の地図から射撃方向やタイミングを指示できる。動画ではこのネットワーク能力を垣間見ることができるが、これもTrackingPointでは実現されていた。


DARPA CWO - Computational Weapon Optic
TrackingPointは失敗したが、デジタル技術による既存兵器の強化はもはや止められない流れである。未来の戦場の様子を占うものとして、注視する必要がある。

Sources:
Under the gun: how the perfect rifle missed its target | The Verge
TrackingPoint's troubles catches many off guard, spawn questions
Images: TrackingPoint Web Page

Text: Chaka (@dna_chaka) - FM201507
Chaka (@dna_chaka)
世界の様々な出来事を追いかけるニュースサイト「Daily News Agency」の編集長。


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